KANADEL ART

なぜ私は「教える側」としてアートを続けているのか|アルコールインクアートと価値の話

「アートは、才能がある人だけができるもの」

美術の専門教育を受けていない。
デッサンも、油絵も、本格的に学んだことがない。
だから自分はアーティストにはなれないのだと。

多くの人は、きっとそう思うでしょう。

「普通はこう」という価値観への違和感

わたしは、幼い頃から「型に抑えられること」や
「普通はこう」という価値観に強い違和感を持ち、それに反発するような生き方をしてきました。

その背景があったからこそ、
アートに出会ったとき、私は直感的にこう思ったのです。

「美術の勉強をしていなくても、
専門の学校を出ていなくても、
なりたかったら、なったらええやん。
私はなりたい。だから、なる。」

それが、私のアーティストとしてのスタートでした。

だから、アーティストになるかどうかで迷ったことは、一度もありません。

アルコールインクアートとの出会いと違和感

アルコールインクアートに出会った当初も、その感覚は変わりませんでした。

「綺麗」
「楽しい」
「癒される」

そんな言葉は並ぶけれど、
どこか趣味の延長として扱われることが多く、美術として評価される場は限られていました。
価格も安く、軽く消費されていく。

その現実に、私は次第に違和感を覚えるようになります。

本当に、これはアートではないのだろうか。

感情が動く。
見る人の記憶に残る。
言葉にできない何かを、確かに伝えている。

それでも
「技法が簡単」
「誰でもできる」
という理由だけで、価値が低く見られてしまう現実がある。

アルコールインクアートの価値を引き上げたい理由

だから私は、はっきりと決めました。

アルコールインクアートの価値そのものを、底上げする側に回ろう。

私が作品をつくるだけでは、世界は変わらない。
一人のアーティストが高い価格で売れても、それは「点」でしかありません。

でも、
・アートを仕事として捉える人が増えたら
・作品の価格に対して、堂々と意味を語れる人が増えたら
・「これはアートだ」と、自分自身で認められる人が増えたら

それは、確実に「面」になる。

だから私は、教えている

技法のためだけではありません。
自分の作品に、自分で価値をつけられる人を増やすために。

アートは、才能がないとできないものではありません。
むしろ必要なのは、
続ける覚悟と、問い続ける姿勢があるかどうか。

私は、アルコールインクアートを
「誰でもできるもの」

だけど、
「誰でも本気になれるアート」にしたいのです。